水のお値段

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「湯水のごとく使う」の意味を考える

江戸時代の上水道

 日本の大都市の多くは江戸時代の城下町を基礎として発達してきました。町を築くには水を確保しなければなりません。川が近くにない場合は井戸を掘って水を確保することになりますが、江戸のように低湿地につくられた町では、井戸を掘っても塩分が含まれているなど水質が悪く、飲料用に適した水が思うように確保できません。
 そこで神田上水、玉川上水といった上水用の水路がつくられました。これらの水路にはいくつかの支線がつくられ、さらに石や木、竹などでつくられた樋管を地下に埋設しました。そして要所要所に設けられた上水井戸をつないで水が流されました。こうした上水は川の上流部から取水され、自然流下方式で現代のような浄水処理されることなくそのまま流されていました。
 上水井戸の水はゴミで汚れることもあります。また遠く離れている家もあります。そこで上水の余水や上流から汲んできた水を天秤棒で担いで売る「水屋」とか「水売り」と呼ばれる商売がありました。値段は1荷(約60)4文であったとされています。
 一方、関東平野の西部に広がる武蔵野台地のような場所はかなり深くまで井戸を掘らなければ水を得ることができません。そのため直径10、深さ4のすり鉢状の穴を掘り、その底に垂直の井戸を掘りました。すり鉢状の穴の斜面には螺旋状の小径がつくられました。形がカタツムリに似ているところから「まいまいず井戸」と呼ばれています。
 井戸水を汲み上げるのは人力です。水を使うたびに井戸水を汲み上げるのは時間も労力も要するため、調理場の横などに瓶などの水槽を備え、水を蓄えておきました。
 汲み置きの水を使わずにいるとやがて腐ってしまいます。水汲みは毎朝の日課となっていました。風呂なども湯が冷めないうちに使わないと薪を余分に燃やすことになってきます。
 大切な水を腐らせたり湯が冷めたりしないうちに、上手に、さっさと使うことが求められました。それが早く使い切るという部分だけが強調されて、現在のような「湯水のごとく使う」の意味になったのかもしれません。

日本でも昔は水を得るためにさまざまな工夫が凝らされました。まいまいず井戸などに当時の苦労が忍ばれます。

水の用途でもっとも多い農業用水

 日本の近代的な上水道は、明治20年(1887年)に横浜につくられたのが最初です。それまでの上水道との一番違いは水を濾過するようになったことです。
 一方、明治時代になり飛躍的に増大したのが工業用水でした。平成20年(2008年)現在における水使用量を用途別にみると、農業用水が全体の約66%で546億m3、生活用水が約19%の155億m3、工業用水が約15%で123億m3となっています。これらの水のうち、河川や湖沼から取水される量は約88%で、残りの約12%は地下水が利用されています。
 生活用水とは家庭で使う水とオフィスや飲食店などで使う水のことで、一人が1日に使う量の全国平均は昭和40年(1965年)には169でしたが、平成20年(2008年)は298となっています。ピークは平成7年(1995年)から平成12年(2000年)の間の322で、昭和40年(1965年)の約2倍でした。増加した理由は水洗トイレの普及やシャワーの使用、入浴回数の増加といった生活様式の変化が主な原因です。家庭での水の使い方は、トイレが約28%、風呂が約24%、炊事が約23%、洗濯が約16%となっています。全国の生活用水の総量は、昭和40年(1965年)から平成12年(2000年)の間に人口の増加などで約3倍に増えています。
 工業用水の使用量も昭和40年(1965年)から平成12年(2000年)までの間に約3倍に増えています。ただし一度使用した水を回収して再利用する割合が増えているため、新たに河川などから取水して補給する量は昭和48年(1973年)をピークに減り続け、平成20年(2008年)には工業用水使用量全体の約20%となっています。
 農業用水は平成2年(1990年)の586億m3がピークでした。農業用水のうちもっとも多いのが水田の灌漑用で90%以上を占めています。

工業用水はリサイクル化が進んでいます。この下水処理場の処理水は近くにある浄水場へ送られ、工業用水として使われています。

日本は世界有数の水輸入国

 世界で使用されている水のうちもっとも多いのは農業用水で、約70%に達しています。ただしヨーロッパと北アメリカは工業用に使われる水が一番多くなっています。
 今後も世界の人口は増え続けていきます。食糧確保のため、農業に使われる水はさらに増えていきます。一方、日本の食糧自給率は30数%とされています。残りの食糧はすべて輸入に頼っています。
 つまり、日本の農地の代りに海外の農地を使用しているのと同じです。当然、多くの水が使われます。日本が輸入する食糧のために使われる水は、日本のために使われた水ということになってきます。こうした水をバーチャルウォーターと呼んでいます。
 1kgのトウモロコシを生産するのに必要な灌漑用水は1,800です。米は2倍の3,600、牛肉は飼料としてたくさんの穀物を消費するため、トウモロコシを育てるのに必要な水の2万倍にもなるといわれています。
 日本が輸入するバーチャルウォーターは年間で数百億トンから千数百億トンにのぼるといわれています。

21世紀は水戦争の時代

 日本は世界でも有数な水に恵まれた国といわれながら、実は世界でも有数の水の輸入国になっているのです。そして世界には水不足に悩む国がたくさんあります。
 WHO(世界保健機構)は半径1km以内に一人1日20の水を確保できない場所にいる人を「安全な飲料水にアクセスできない人」と定義しています。世界にはそうした安全な飲料水にアクセスできない人が約9億人もいます。
 日本は島国のため、川や湖はすべて国内にあります。一方、世界には複数の国の領土を流れるか国境となっている河川があります。そうした川でも国際的な条約を締結している国であれば自由に航行できることになっています。こうした河川を国際河川といい、ヨーロッパのドナウ川はドイツ、オーストリア、ハンガリーなど10カ国にまたがっています。国際河川は世界に261も流れています。
 20世紀は石油を巡る戦争の世紀であったともいわれています。一方、今後、食糧確保のための農地開拓や飲料水確保のため、国際河川の上流に位置する国がより多くの取水をするなど、水を巡っての戦争が起きるとの危惧があります。パレスチナとイスラエルの紛争も、根底にはヨルダン川の水の確保があるといわれています。

日本の食糧自給率は約40%で、残りの60%は海外からの輸入に頼っています。海外から穀物などを大量に輸入することは、結果的に穀物栽培に使われた水を輸入していることにもつながります。

高まる安全で美味しい水への需要

 日本の人口は今後減少していきます。そのため水の需要が大幅に増えることはないと考えられています。ただし、近年の気候変動により異常少雨と集中豪雨の変動が大きくなっています。さらに年間降水量も減少傾向にあり、人が使える水は減少していく可能性があります。
 一方で安全、安心で美味しい飲料水に対する関心も高まっています。家庭用浄水器の普及が進み、ペットボトルなどに詰めたミネラルウォーターの消費も増えています。これからは「湯水のごとく」水が使えない時代になっていくのでしょうか。

おいしい水を求める人が増え、コンビニなどではミネラルウォーターが定番商品となっています。

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