水の話
 
陸上の生活から水の中へと進出した虫

地味な色や似たような姿が多いことも特徴
 子供の頃に虫取り網で昆虫を追いかけた記憶を持っている人は多いことでしょう。チョウのように美しい色彩をした羽を持つもの、カブトムシやクワガタムシのようにまるで重機を連想させる力強い姿をしたもの、飛行機のように空高く飛ぶトンボ、鋭い針を持つハチ、そしてバッタやカマキリなど形や色は実に豊富です。
これらの昆虫を探し回る場所といえば、草むらや林の中が大半です。水の中の昆虫といえばタガメ、タイコウチ、ゲンゴロウなどを除けば、子供たちにそれほど興味をそそるものは多くはないようです。成虫になったトンボは区別がついても、ヤゴのときはどれも似たような形をしています。種類の割には似た形をしたものが多いのです。
似たような形で地味な色をしているということも、水生昆虫の特徴の一つです。美しい色彩は基本的に交尾行動と関係しています。そのため、交尾とは関係のない幼虫時代は地味な色彩のものが多いのが普通です。ただ、成虫になってからも水の中で生活している水生昆虫には地味な色彩のものがたくさんいます。陸上の昆虫は鳥のエサになることが多く、縞模様などをつけることによって鳥などのエサにならないように見せかけます。それに対し、魚は色彩的な感覚よりも動きによってエサを選ぶ場合が多いため、水生昆虫が色彩や模様を持ってもあまり意味はないと考えられています。
形については、陸上の昆虫が空を飛ぶ時に抵抗となるのは空気です。カブトムシのようなツノがあっても、それほど空気抵抗を受けることはありません。エサを取ったり空を飛んだり、陸上を跳ね回るのに都合のいいような形へと自由に進化することができました。しかし、水生昆虫の場合は、空気よりもはるかに大きな水の抵抗を受けるため、形はかなり制約されてきます。特に川では流れが大きな抵抗となり、形はさらに制約されてきます。一方、池のような流れのない場所では制約が少なくなります。子供たちに人気のタガメ、タイコウチ、ミズカマキリ、ゲンゴロウなど形に変化のある水生昆虫の多くは流れのない場所にすんでいます。

タガメ
タガメは日本最大の水生昆虫です。肉食性で小魚や他の水生昆虫ばかりか、自分の体よりも大きなカエルなども前足で捕まえ体液を吸います。

タイコウチ
タイコウチはお腹の先に体長と同じ長さの呼吸管を持っています。タガメの場合は呼吸管を伸び縮みさせますが、タイコウチは伸縮できません。肉食で水底に潜んで前足で獲物を捕らえます。

田んぼ ため池
タイコウチやタガメなどの水生昆虫がすんでいたのは田んぼやため池などでした。
しかし圃場整備や護岸の改変によって、すみやすい水辺環境はなくなっています。

ガムシ ゲンゴロウ
ガムシはゲンゴロウに似た甲虫の仲間です。泳ぎはあまり得意ではなく、水草の上を歩いていることがよくあります。成虫は草食です。 ゲンゴロウは小型のものから中型までいろいろな種類がいます。水中での水の抵抗が少なくなるように、体が平で全体が円形またはだ円形をしています。写真はコシマゲンゴロウ。

マツモムシ

コオイムシ
お腹を上にして、ひっくり返った姿で水面にいるマツモムシ。長い後ろ足を使って泳ぎます。水面に虫が落下するとその振動を感じ取ってエサに急行します。 オスの背中に産みつけられた卵は、ふ化するまでオスが世話をするためコオイムシ(子負虫)の名があります。ふ化するまでの1か月は、卵が窒息しないように背中の卵を水面の上に出して生活します。

互いに食いあう生態系
 生き物の世界では小さな生物はより大きな生物に食べられるという食物連鎖を形作っています。水の中でも基本的には同じで、藻類やミジンコなどを水生昆虫が食べ、それを魚や鳥がエサにするといった生態系が作られています。その関係はよくピラミッド型の図にして説明されています。ピラミッドの底辺にいる生物は、順々に高い位置にいる生物に食べられていくというもので、雑木林の中ならばワシやタカなどの猛禽類、海ではシャチがピラミッドの頂点に君臨します。
ところが、池や田んぼのような止水域では必ずしもこうした関係は成りたたないようです。肉食のタガメ、タイコウチ、コオイムシなどがメダカやオタマジャクシを捕えて食べることはよく知られていますが、逆にメダカがこうした水生昆虫を捕えて食べてしまうこともあるのです。水生昆虫同士が互いに食いあうこともあります。
田んぼやため池というのは限られた空間です。田んぼの場合、春に水を引き入れると藻類が発生し、それをプランクトンがエサとします。こうした元となる栄養源が供給されるのは、1年のうちでも一時期に限られています。そこで年間を通して生活する生物たちは、お互いをエサとしあうことによってエネルギーを保存させるのです。砂漠でもクモとサソリがお互いに食い合いをします。青々とした田んぼが砂漠の生態系に似ているというのはちょっと驚きです。しかしいまの日本では、田んぼから水生昆虫の姿が消えつつあります。このままでは、本当の砂漠になってしまうかもしれません。
鳥
水生昆虫が増えれば、それをエサとする動物の姿も増えてきます。水生昆虫は魚のエサとなり、魚は鳥のエサになります。もちろん、鳥に直接食べられる水生昆虫もいます。


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