犬山市には4世紀頃につくられたと見られる全長78mの東之宮(ひがしのみや)古墳や式内社の大縣(おおあがた)神社などがあり、古くから開けていた地域であることが分かります。しかし歴史的に注目されるようになるのは、それほど古い時代ではなく、主として戦国時代になってからです。犬山を代表するのが犬山城です。昔の天守閣が現存している城は12カ所しかありませんが、このうち国宝となっているのは犬山城、松本城、姫路城、彦根城の4城だけです。
犬山城の前身は室町時代の文明元年(1469年)に築かれ、織田広近が入城したといわれています。その後約70年間織田氏が居城しました。ただしその城は現在の場所ではなく、1.5kmほど南へいった愛宕神社がある場所で、現在は木ノ下城跡と呼ばれています。境内には金明水、銀明水と呼ばれる古い井戸があり、「白巌水」と掘られた手洗石が残されています。石積みの高台の上に神社の本殿が建てられていますが、そこに城の主殿があったとされています。井戸は木ノ下城がつくられた時に掘られたもので、手洗石(ちょうずいし)に彫り込まれた白巌水の白巌は織田信康の号名です。その織田信康が木曽川左岸に城を移したのは天文6年(1537年)で、木ノ下城は廃城となりました。その後、木ノ下城跡に神社がつくられました。 |