水の話
 
砂の中から、静かに海を見つめる浅瀬の住民

干潟における海水浄化システム
 海の水は月の引力によって、潮の満ち引きを繰り返します。太平洋側の内湾では大潮の満潮と干潮のときなど、海水面の潮位差(高低差)が2メートルに達します。九州の有明海では5メートルもの潮位差となります。しかし、日本海側では潮位差が30センチくらいにしかならないため、あまり干潟は形成されません。
遠浅の海で満潮のときは海となっていても、干潮になると海底が現われる場所を干潟と呼んでいます。波の静かな内湾の河口付近では、川が運んだ砂が溜まりやすいので、広い干潟が作られやすく、外海の波の荒いところでは砂が波で運び去られるので干潟は作られにくくなってきます。
干潟は干潮のときには必ず空気にさらされる場所です。しかも川によって多くの有機物が運ばれてきます。そのため、空気を好むバクテリアや原生動物にとってはすみやすい環境となっています。つまり、干潟では浄化槽や下水処理場と同じ様に、生物による浄化処理が行われているのです。ただ、これだけならば、バクテリアや原生動物が増えて活性汚泥がたまるばかりで海の水はきれいにはなりません。ところが、干潟にはバクテリアや原生動物をエサとしているゴカイ、カニ、貝などの生き物がたくさんすんでいます。これらの生き物は鳥や魚に食べられたり、漁師によって捕えられます。こうして海の汚れは干潟の外へ運び出されることになるのです。
アサリも干潟を代表する生物のひとつです。ただし、干潟には泥質のものと砂質のものがあり、アサリは砂質干潟の方がよく育ちます。アサリが水を吸い込んだり吐き出したりするのは入水管、出水管と呼ばれる部分で、入水管から海水を吸い込み、その中に含まれる有機物やプランクトンをエラで濾し取ってエサにします。殻長3センチのアサリ1個でこうしてろ過する水の量は1時間に約1リットルですから、毎日24リットルもの海水をろ過し続けていることになります。アサリの体内に取り入れられた有機物などは呼吸や成長のために使われます。一部は糞となって体外へ排出されますが、それはゴカイなどのエサとなります。ゴカイも食べた量の半分を糞として排出しますが、さらにゴカイの糞を好んで食べるハルパクティクスというミジンコに似た生き物がいます。ハルパクティクスが糞として排出する量は食べた量の5分の1です。こうして有機物は何10分の1にも減少します。
全国でも有数のアサリの産地で知られる三河湾に広がる一色干潟は、10ヘクタールの広さがあります。この干潟でのアサリなどによる浄化機能は、人口10万人分の下水処理場にも相当することが分かっています。

満潮

干潮
上は三河湾の同じ場所での満潮(上)と干潮(下)の様子。太平洋側の内湾では、満潮時と干潮時の潮位差が2メートルにも達します。

アサリの入水管と出水管 砂から出たアサリの入水管と出水管
アサリの入水管と出水管は同じように見えますが、上が出水管、下が入水管です。

箱メガネを通して海底を覗いてみると、砂地に小さな穴がいくつか並んでいるのが見えます。アサリの入水管と出水管で、漁師はアサリの目と呼んでいます。

実験開始 1時間後
プランクトンで濁った海水を入れた2個のビーカーの一方にアサリを入れ静置します。1時間後、アサリを入れたビーカーの濁りはほとんど消えています。
(愛知県水産試験場)

赤潮よりも怖い苦潮
 毎年のように日本のどこかの海で発生する赤潮被害。原因は海に流れ込んだ大量の窒素やリンによって植物性プランクトンが増えるからです。このとき、発生したプランクトンの種類によって海水が赤、茶、緑などの色に染まります。これを赤潮と呼んでいます。赤潮の種類によっては貝や魚を殺すものもいます。しかし、さらに怖いのが苦潮とか青潮と呼ばれるものです。
赤潮の原因となるプランクトンが大発生すると、急激に栄養分が枯渇するなどの理由で大量の植物プランクトンの死がいが発生します。死がいは海水中の酸素を多量に消費しながら海底に沈みます。さらにプランクトンの死がいが海底でヘドロとなって蓄積していくと、それをバクテリアが酸素を使い分解します。こうして海底に酸素の少ない海水の塊が作られます。それが風などの影響で海の浅いところへ上がってくる現象が苦潮(青潮)と呼ばれ、その場所にいた魚などは酸素不足のために死んでしまいます。
こうした赤潮や苦潮を防ぐには、一番の原因となる有機物が沖合に行かないようにすることです。つまり、干潟の持っている重要性というのは、アサリなどの生物が有機物をその場所にとどめて沖合に出て行かないようにしてくれることにあるのです。沖合に赤潮が発生したときでも、干潟の周辺は非常に透き通っている光景が見られるのはこのためです。
プランクトン、キートケロス
赤潮の原因となる代表的なプランクトン、キートケロス。
(写真提供:
愛知県水産試験場)

干潟の底の状態
実験水槽
自然の干潟を再現した愛知県水産試験場内の実験水槽。隣接する三河湾の海水をそのまま取り入れているため、湾内の生物がそのまま入ってきます。水槽の横にはガラス窓があり、干潟の底の状態がよく分かります。干潟にすむ動植物の生態系を観察することによって、効果的な人工干潟や藻場の造成技術の開発などに役立てています。


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