水の話
 
海と川がもたらしてくれる庶民の味
胴長靴をはき、腰まで海に浸かった人たちが、何やら柄を前後に揺すっています。
鉄製の篭が付いたマンガと呼ばれる道具を使いアサリ漁をしているのです。
マンガの中には小石のように見えるものがたくさん入っています。よく見るとアサリです。
岸辺では、鉤(かぎ)を手にした人が砂地を掘っています。手元にある篭の中に入っているものも、やはりアサリです。
アサリは、大昔から人々の食生活に取り入れられてきた食材です。

縄文人も好んだ海の幸
 貝塚といえば縄文時代から弥生時代にかけての遺跡の代表で、昔の人々の暮らしを知る手掛かりとなるタイムカプセルです。貝塚といっても土器や動物の骨、まれには人骨なども見つかっていますが、やはり貝に関係するものが一番たくさん出土しています。
貝の中でも最も馴染みの深いのはやはりアサリです。貝塚から出土する貝といえばアサリを連想する人も多いようです。ところが、ある調査によると836か所の貝塚から出土した貝の種類は349種にも及んでいます。これらの貝の多くは食用にされ、特に多いのはハマグリ、アサリ、カキ、シジミで、他にもアカガイ、サルボウ、バイガイ、バカガイなどが出土しています。
また、貝殻で作られた腕輪、首飾り、足輪などの飾りもの、ナイフとして使われた貝刃といったものも一緒に出土します。この貝刃は魚のウロコを取ったり海藻を刈ったり、肉を切るのに使われたようで、材料となる貝殻は約20種にのぼります。アサリで作られた貝刃(ばいじん)も見つかっていますが、一番多いのはハマグリです。ハマグリは味が良いうえ、縄文時代には日本各地で採れたからではないかといわれています。もちろん、殻が厚く丈夫だということも理由です。その他には、バカガイ、サルボウ、アワビの一種なども貝刃に加工されていました。

腕輪や足輪
貝塚では貝殻で作られた腕輪や足輪などの一部も出土しています。(名古屋市博物館)

縄文時代晩期の貝塚の断面 縄文時代晩期の貝塚の断面。上の土層からはアサリ(1)、ハマグリ(2)、イタボガキ(3)、アカニシ(4)、ミルガイ(5)などの貝殻の他に、鹿の下あごの骨(6)、土器片(7)が交じっています。下の土層でもアサリ(1)、ハマグリ(2)、鹿の下あごの骨(3)が見られます。
(名古屋市博物館)

食用以外にはほとんど利用されなかったアサリ
 貝は食料としてだけでなく、昔からいろいろと利用されてきました。とくにタカラガイのような美しい貝や珍しい貝は、貝貨として世界各地で使われてきました。日本でも「財産」「貯金」「販売」「購入」「債権」「賃貸」など、お金に関係する様々な漢字には、どこかに貝の字が使われています。貝貨というのは貝の貨幣という意味ですが、現代と同じような貨幣としての使われ方ではなく、地位の象徴、結納金、貢ぎ物、儀式、そして物品との交換などに使われたようです。最初は紐を通してビーズ状にして呪術的なものとしていたものが、次第に権威の象徴や物品との交換にも使われ出したようです。しかし、残念なことにアサリが貝貨として使われたという記録はありません。それだけ身近でありふれた貝であったということでしょうか。
貝輪という貝で作られた腕輪も貝塚から出土しています。日本で見つかった最も古い貝輪はいまから9000年から9500年前のものとされ、サルボウで作られています。しかし、貝輪の材料としてはアカガイ製が最も多く出土しています。小さ過ぎて腕にはめられないものもあるようです。これは紐に通してペンダントのようにしたのではないかと考えられています。
サルボウやアカガイの貝殻は決して美しいといえるのものではありません。そんな貝がなぜ貝輪として使われたのでしょうか。アカガイの血は人間と同じ様な赤い色をしています。サルボウもアカガイと同じフネガイ科に属し、肉は赤い色をしています。この赤い色が古代の人々には何か神秘的な霊力を感じさせ、貝輪として使ったのかもしれません。しかし、アサリを貝輪に使用した例はないようです。やはり、食べることが専門の貝であったようです。
ところで、オオアサリとかヒメアサリのようにアサリという名前が付く貝はたくさんあります。図鑑などで調べてみると10種類以上あって、多くは食用となっています。しかしアサリという貝は一種だけです。オオアサリはウチムラサキガイの別名で、食用として市場に出回るようになったのは50年ほど前からということです。オニアサリは岩場の間にある砂場にすんでいるため、アサリと一緒に採れることもありますが、ヒメアサリ、リュウキュウアサリ、オキアサリなどはアサリとは生息する場所が異なるため、アサリの中に交じることはほとんどないようです。このほかにもカノコアサリ、ヌノメアサリのようにアサリの名前がついているものやアサリに似たスダレガイといった貝がありますが、食用として市場へ出回るようになったのは一部の地域を除き、ここ数十年ほど前からのようです。いろいろな貝にアサリの名前が付けられるということは、それだけアサリがポピュラーな貝ということなのでしょうか。しかし、アサリの貝殻の色や模様は個体ごとにすべて異なっています。地域によっては白黒の模様がはっきりしているアサリもあります。


アサリ
アサリ
(マルスダレガイ科)
ハマグリ
ハマグリ
(マルスダレガイ科)
バカガイ
バカガイ
(バカガイ科)
シオフキ
シオフキ
(バカガイ科)
サルボウ
サルボウ
(フネガイ科)
潮干狩りでは、アサリと思って採った貝の中に、いろいろな貝か交じっていることがあります。写真の貝はいずれも食べられるので、アサリかどうか気にすることはありませんが、資源保護のため殻長2.5センチ以下の貝は採らないようにしたいものです。


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