水の話
 
海と川がもたらしてくれる庶民の味

貴族はアワビ、ハマグリ、庶民はアサリ
 貝は昔から貴重な食料であったようですが、焼いて食べる以外は食用としてどのように調理されていたのでしょうか。奈良時代に使われていた調味料としては塩、醤(ひしお)、酒、酢などがありました。醤には穀類を発酵させた穀醤(こくびしお)と肉を塩に漬けた肉醤(にくびしお)、それに植物を塩に漬けた草醤(くさびしお)がありました。穀醤は後に醤油や味噌に、肉醤は塩辛や鮨に、草醤は漬物へと発展していきます。貝も肉醤の材料のひとつとして使われていたようです。醤はもともと保存食として作られたものです。焼いたり煮たりした貝に塩、醤をかけたり酢につけて膾(なます)にしていたと思われます。このほか、醤を使って汁ものにしたことも考えられます。
また、貝類は腐りやすいので、保存しようとすれば干物にするぐらいしか方法はなかったことでしょう。アワビの干物は朝廷への貢ぎものとしてかなり作られたようです。ハマグリも美味なため貴族に好まれ、貢納されています。ただ、アサリという名前は、万葉集にもその後に書かれた食材に関する記録にもほとんど見当たりません。それだけ庶民的な食材であったということかもしれません。

江戸時代の料理本にも登場しない庶民の味
 江戸時代になると農業、漁業とも盛んになってきます。漁業では、様々な漁網法が開発され沿岸の漁場も開拓されていきました。食品の流通も発達します。調味料もそれまであった塩、味噌、酢のほかに砂糖、醤から発展した醤油、コンブ、カツオブシなどが加わっていきます。
献立はかなり豊富な食材を使い、調理の方法も発達します。ひとつの食材で様々な料理方法を紹介するいくつかの料理本が出版されました。それらの本で紹介されている食材として、貝の場合はミルガイ、アワビ、カキ、アカガイなどは見られますが、アサリは見当たりません。しかし、アサリ売りの商売は各地であり、大人に交じって子供も売っていたようです。アサリはやはり庶民の味だったのでしょう。
一方、将軍の食膳に入れてはならない食品がありました。野菜ではネギ、ニラ、ニンニクなど、魚ではサンマ、イワシ、フグ、サメなど、そして貝類ではアサリ、カキ、アカガイなどが挙げられています。臭いの強いもの、食当たりの恐れがあるもの、庶民の食べ物といった食材は嫌われました。

四季献立
江戸時代の料理書「四季献立」には、当時の割烹料理について、献立と料理法が書かれています。現代の割烹料理とほとんど変わりませんが、貝は「見る貝」「かき」「赤貝」「あわび」などでアサリは出てきません。


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