蕎麦といえば信州が連想されます。信州が蕎麦で有名になったのは、生産高以上に蕎麦食文化と大きく係わってきたからです。
粉に挽かれるようになった蕎麦はいろいろな調理方法が考案されていきます。中にはいまでも郷土食として食べられているものもあります。信州の北を中心とした地方で「おやき」というものがあります。蕎麦粉をこね、中に野菜やあんこなどを入れて焼いた食べ物です。一方、信州の南部の開田村では、蕎麦粉だけで焼いた「へいもち」というものが3時の「おこびり」として食べられていました。これは、蕎麦粉を練って直径15センチ、厚さ2~3センチほどにして、囲炉裏の灰の中で焼き、醤油をつけて食べるものです。「おこびり」とは小昼という意味で、夕方までお腹をもたせるためで、おやつではありませんでした。山仕事のときも、へい餅を弁当として持って出かけたりしていました。
蕎麦には米や麦より良質なタンパク質をはじめ、ビタミンB1・B2、疲労回復を助けるパントテン酸などが含まれています。さらに高血圧、脳溢血、狭心症、動脈硬化、糖尿病などを予防するルチンも含まれています。ルチンは水に溶けやすいので、蕎麦湯を飲むことは、栄養の面からも大変良いといわれています。蕎麦湯を飲む習慣も信州から始まったといわれています。
蕎麦は山村における食料というだけでなく、貴重な栄養源でもあったのです。ただし、現在のような蕎麦のイメージではありませんでした。あくまでも、山村の日常的な食べ物であり、地域によっては主食として、あるいは稗(ひえ)や粟などの主食の増量材的なものであったのです。
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いまでは蕎麦は製粉して食べますが、山形県庄内地方には蕎麦の実をゆでてから殻を取り除き水でさらした「むきそば」というものがあります。もとは京都のお寺の精進料理で、江戸時代に北前船によって伝えられたといわれています。製粉技術が発達する以前の蕎麦はこの様にして食べるのが普通であったのかもしれません。 |
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