水の話
 
風呂をもっと楽しむ薬湯

薬湯に使われた様々な植物
 薬湯は、朝鮮半島か中国大陸から伝えられた治療方法だと考えられます。植物の葉、実、根、皮などを煮出してその液を湯の中に入れるか、それらの植物を湯の中に直接入れることにより、その薬効成分を身体へ取り入れるというのが薬湯です。これらの中で、現在でもよく知られているのが5月の節句の菖蒲湯です。これも、もともとは中国で蘭の葉を入れる「蘭湯」といわれたものが日本に伝えられたのですが、日本には蘭が少なかったため、代りに菖蒲の葉が使われるようになったとされています。菖蒲湯は皮膚病に効果があるといわれています。また、邪気を払うとされ、宮中では端午の日の前日に菖蒲で御所の屋根を葺いて、さらに天皇の御寝所に置き、翌日にはその菖蒲を入れた湯に入浴するという行事がありました。それが後の武家社会になったとき、「菖蒲」は「尚武」に通じるということで、男子の祝日である端午の節句と一層強く結び付き、一般にも普及していきました。冬至の日に柚を入れる風習も現在に伝わっています。柚の皮にはリモネンという精油成分が含まれ、身体を暖める効果があり、年中の息災を願うために使われたといわれています。

鎌倉時代になると五木八草湯というものが現われてきます。五木といっても必ずしも定説があるわけではなく、桃、柳、桑、槐(えんじゅ)、楮(こうぞ)、梅、杉、松、琵琶、榎(えのき)、梓(あずさ)、檪(くぬぎ)など様々な植物の名が上がっています。八草の方も特定されたものではありませんでした。

薬湯が一般に広まるのは、銭湯が発達した江戸時代になってからです。しかも、混浴ということも大きく関係していたようです。幕府は混浴に対し、しばしば禁令を出しています。混浴禁止を守れば、銭湯の売り上げは低下します。そこで薬湯を設けることによって、その分をカバーすることを考えたようです。しかも、薬湯は男女混浴が禁止されていなかったのです。

温泉成分と温泉タイプの入浴剤との違い
 明治時代になると、西洋から様々な知識や技術やものが入ってきます。医学の分野でも、東洋的なものが否定され、西洋的なものが主流となってきます。そうした中で、入浴剤が作られるようになってきます。例えば、女性の冷え症などに効く飲用漢方薬として売られていた中将湯(ちゅうじょうとう)を、そのまま風呂にいれても同じ効果が得られるのではないかと考えて作られたのが、明治30年に作られて爆発的な人気となった浴用の中将湯です。風呂のある家庭は少ないため、主に銭湯に販売され、中将湯の看板を掲げることが銭湯のステータスにもなりました。いまでもお風呂屋さんには、大きな浴槽とは別に、小さ目の薬湯専用の浴槽や電気風呂が備えられています。現在の入浴剤はどんな成分から作られているのかといえば、温浴効果のある重曹(重炭酸ソーダ)と芒硝(ぼうしょう 硫酸ナトリウム)を主体に、保湿剤や生薬の成分、それに各種の香り成分を加えて作られています。また、このところ、各地の温泉タイプの入浴剤も人気を呼んでいます。これらは、名前に謳われている温泉と同じ成分、効能があるのでしょうか。温泉の成分をそのまま再現することはそれほど難しいことではありませんが、そこに大きな問題があります。というのも、温泉成分をそのまま家庭の浴槽に入れてしまうと、風呂釜を傷める可能性があるのです。そこで、重曹と芒硝を主体とした入浴剤に、それぞれの温泉水に近い色と香りをつけるのです。もちろんそのままでは名前に謳っている温泉の成分や効能とは、全く関係ないものになってしまいます。そこで、株式会社ツムラの場合は、名前をつけた温泉に含まれる陰イオンと陽イオンのうち、もっとも多く含まれる上位3成分を配合することによって、モデルとする温泉により近い内容の入浴剤にしています。しかし、風呂釜を傷めることなく、各々の温泉に近いものを作ったとしても、家庭では絶対に再現のできないものがあります。それは「転地効果」です。温泉へ出かけるという旅の楽しみ、その土地の風景を見たり、名物を食べる楽しみは、入浴とともに心をリフレッシュさせる効果があります。

中将湯 温泉
中将湯はもともと婦人病の飲用漢方薬でした。それを風呂に入れる浴用タイプとして、発売されたのが始まりです。いまでは様々な入浴剤が売られています。((株)ツムラ) 温泉や薬湯は、病気の治療や健康維持に昔から利用されてきました。温泉成分は基本的に鉱物ですが、昔からの薬湯はさまざまな植物が利用されていました。漢方の生薬効果を求めたものが多いようですが、中には香りを重視したものもあるようです。

身近な植物で楽しめる季節の薬湯

レモン
ビタミンCが豊富に含まれることで知られるレモン。皮をしぼった汁を、荒れた手肌に塗るときれいになります。もちろん、浴槽に入れても美肌効果が得られます。

桜を薬草として使用する部分は主に樹皮(内皮)で、煎じて飲みます。風呂に入れるときは花びらがいいでしょう。また、葉をいれると、あせもに効くといわれます。
菖蒲(しょうぶ)
端午の節句の菖蒲湯は皮膚病にいいといわれています。菖蒲と一緒にヨモギを入れる場合もありますが、ヨモギは打ち身、腰痛に効果があるといわれます。
菖蒲
菖蒲

琵琶の葉
琵琶の葉
無花果(いちじく)
いちじくは民間薬として多くの用途があります。そして、葉や枝を風呂に入れれば身体が温まり、神経痛、リューマチ、痔によいといわれています。
琵琶(びわ)
初夏の若葉を煎じた汁は琵琶葉湯(びわようとう)と呼ばれ、夏の飲み物として売られていました。風呂に入れると、あせもを防ぐといわれています。

桃の葉には、アミグダリンが含まれています。風呂に入れると、あせもや湿疹に効くといわれ、昔から夏の土用に「桃の葉湯」として利用されてきました。


花は食用としても使われてきました。また、酒に浮かべて飲んで長寿を願う「菊酒」という風習もありました。花を風呂に浮かべるという楽しみ方もあります。
枸杞(くこ)
酒にこの実を浸けたものは、強精強壮の薬です。また、平安時代には最良の長寿薬とされ、茎や根を煎じた汁も飲用したり、沐浴に使われました。
松葉
松は不老長寿の木といわれています。松葉は松脂を洗いながして浴槽に入れます。血行を良くし、リューマチ、神経痛、肩こり、冷え症によいといわれます。
松葉
松葉

柚子
柚子
柚子(ゆず)
現在でも冬至の日に柚子湯に入る習慣はよく知られています。みかんやレモンと同じように血行を良くし、身体を暖めるので風邪をひきにくくなります。
蜜柑(みかん)
みかんの皮には皮膚の血行をよくする成分がふくまれているので、一度、干してから袋に入れ、それを浴槽に入れると体が温まります。

梅の種にはアミグダリンという毒が含まれていますが、少量なら咳を鎮める効果があります。この他にも整腸、健胃、防腐、殺菌などの効能を備えています。

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