水の話
 
地下水に求められる清らかな世界

無垢な水となる条件
 地下水がきれいだということは、誰もが知っていることです。しかし、日本の川の水もきれいです。にもかかわらず、なぜ地下を通った水に、より強く清浄さが求められるのでしょうか。
かつて、人間には支配できない自然の脅威はみな神のなせる業と考えられ、水源となる山も、神々の座する場所と考えられていました。そして、神の怒りに触れたときには旱魃(かんばつ)となり、川は淀むばかりか、涸れることさえありました。また、一度に多くの雨を降らせて濁流を作り、ときには溢れた水が田畑や人家を襲い、暴れ回ることさえありました。
一方、地下水は年間を通して水温が一定である上、川の水以上にまろやかな味がします。天から地上へと降った雨や雪で、地表の災いや汚れを知らない無垢なまま地下へ浸透した水が地下水となるのです。しかも、地下へと浸み込むことによって清浄なる水へと変化していくのです。清浄なままに流れた地下水は、やがて湧き水となり再び地上に現われます。

いまも昔も暮らしの中で息づく水路
 しかし、地上を流れる水にも、人々に脅威を振るうことなく静かに流れ続けるものもあります。
若狭と都を結ぶ道は鯖街道とか若狭街道と呼ばれています。鯖街道という名前で呼ばれるようになったのは、いつ頃からかははっきりとは分かっていないようですが、昔から京都などへ海産物を運ぶ、重要なルートでした。それも、幾筋かの鯖街道がありました。
若狭街道の途中、福井県上中町にいまも昔ながらのたたずまいを残す熊川宿があります。もともとは小さな寒村でしたが、最初は戦略上の要地として、さらには交通の要衝地として発展していきました。熊川宿を特徴づけているのが、家並みに沿って流れる前川という用水路です。この用水が作られたのは、いまから約400年前のことです。幅は約1メートルですが、豊富な水が速い流れを作っています。近くを流れる川が水源となっています。ところどころに「かわと」と呼ばれる施設があり、そこで野菜を洗ったり、西瓜を冷やしたり、くるくる回る芋洗い器が掛けられています。
かつては何台もの水車もあり、米つきや油しぼりも行なわれていました。いまも家の前を流れる前川から、雑用に使うと思われる水を汲む人の姿が見られます。都会であるならば、家の前を流れる川ははるか昔にドブ川とされるか、道路の拡張のため暗渠にされていたはずです。ところが熊川宿の前川では、400年前と変わらない透き通った美しい流れがみられるのです。その流れは、これからも人々の暮らしを見続けていくことでしょう。
「熊川宿」を流れる前川
鯖街道沿いにある「熊川宿」を流れる前川。各家の軒下を流れ、夏には西瓜、冬には水車風の「芋洗器」がかけられるなど、いまもここに暮らす人々にとって、大切な生活用水の一部として使われています。

水車 「水車」の中に入れた芋 かわと
用水は、水車を回したり洗い物をするなど、生活に深く係わってきました。水を使うときは、家の前などにある「かわと」と呼ばれる場所を利用します。
写真中央は「水車」の中に入れた芋を用水の流れでくるくる回して洗う道具。

水を慈しむ象徴としての湧き水
 何百年にもわたり水を大切にしてきた町は、各地に残されています。長良川のほとりに、しっとりとしたたたずまいを見せる岐阜県郡上郡八幡町もそうした町の一つです。この町のシンボルとして宗祇水(そうぎずい)が挙げられます。宗祇とは、連歌の宗匠として知られていた飯尾宗祇のことで、文明年間(1469~1487)に草庵を結んだほとりにあった湧き水が、いつしか宗祇水と呼ばれるようになったのです。宗祇水は環境庁が全国名水百選の最初に指定したことでも、全国に広く知られるようになりました。
しかし、郡上八幡が美しい水の町といわれるのは宗祇水があるからだけではありません。戦国時代の末期に、長良川の支流である吉田川と小駄良川を天然のお濠としてこの地に城下町が築かれました。そのとき防火対策としていくつかの用水が作られました。それでも町はしばしば大火に見舞われたのです。大火のたびに用水は拡張整備されていき、やがて用水は町の人々にはなくてはならない大切な生活用水となっていきました。町の中にはいまも何本もの用水が流れています。人々は現在に至る長い間、洗いものなどの場として、これらの用水を使ってきました。水を大切にする心は、いまも引き継がれ、地元の人たちによる清掃活動が行われています。
美しい水を守ってきた郡上八幡のシンボルが湧き水である宗祇水だということに、人々の水への慈しみの気持ちが表わされているようです。
地表や地下ということに関係なく、水を清浄に保つのは、そこに住む人々の営みが大きく関係しているのです。
宗祇水
水の里として知られる岐阜県郡上郡八幡町の「宗祇水」。ここの湧き水は、いまも町の人々に親しまれ、飲料水などに利用されています。

岐阜県郡上郡八幡町の用水 岐阜県郡上郡八幡町の町の中では、いまも随所を流れる用水が毎日の暮らしの中で使われています。


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