水汲みは女性や子どもの仕事
神島には集落が一つしかありません。それも島の北側です。海岸から、ほぼそのまま斜面となり、家々が重なり合うように建て込んでいます。集落内の道は非常に狭く、しかもほとんどが急な階段です。集落を見下ろす一番高い場所に八代神社があります。ゲーター祭で使われた日輪はここに奉納されます。神社に祀られているのは海の神である「綿津見命（わたつみのみこと）」で、古くから伊勢湾を航行する船乗りたちの厚い信仰を集めてきました。
集落のほぼ中央に、小さな流れがあります。上流部分も下流部分も暗渠となっています。この流れは「洗濯場」といわれ、かつて、島人たちの共同の洗濯場でした。ここを地元の人は「流れ井戸」と呼んでいます。集落の近くにある、唯一の川です。流れ井戸をしばらく遡ると、小さな貯水ダムに行き着きます。三島由紀夫が「潮騒」を書くために訪れたときは、湧水を集めた池でした。島人は、ここへ飲料用の水を汲みにきていました。
ここで汲んだ水は、各家々の前に置かれた瓶の中に貯えられました。その瓶には樋を通して雨水も貯えられていました。現在では水を貯めた瓶は見当たりません。瓶の代わりにコンクリートで作られた貯水升を置いた家がわずかにありました。貯水升には雨樋が引かれています。ここに溜まった水は洗い物や掃除などに使うということです。
集落内には、何か所かに井戸も残っていますが、すべての井戸水が飲料用に適しているわけではありません。どうしても塩分が含まれていたり、山の畑で使われた肥料を溶かし込んだ水が井戸の中に混ざってしまうためです。普段は飲料用水として、天水か流れ井戸の水源となった池の水を使っていました。天秤棒で水桶を担いで、急な階段を上り下りしたのです。水汲みの仕事は、主に女性や子どもの仕事でした。それも毎日、必要になったときに水が汲めるわけではありませんでした。順番や一度に汲める量が決められていたのです。
神島に簡易水道が引かれたのは昭和29年でした。水源の池を塞き止めて貯水池をつくり、簡易濾過して各家庭へ給水しました。島人はこれで水汲みの重労働から解放されました。濾過装置といっても、砂利の上に砂を敷いただけでした。それでも砂の上には落ち葉や泥が溜まります。それを雨が降る度に、役場の職員が手で洗っていました。水源用の貯水ダムは、その後昭和43年頃に島の南側につくられました。
神島の集落のほぼ中央にある共同の洗濯場跡（上）。細い流れですが、水道が各家に引かれる前はここで洗濯をしていました。流れを遡ると、島人が水を汲みに来た水源（下）があります。かつては小さな池でしたが、昭和29年に貯水ダムとなりました。
神島では、海底送水管によって本土から水が送られるようになったいまでも天水を蓄える貯水槽をつくり雑用水と利用している家があります。
かつての共同井戸も、利用回数は減ったとはいえ、雑用水として使われています。
本土から答志島を経て神島へと敷設された海底送水管の水は、山の上のタンクを経て各家に給水されます。
島に簡易水道が引かれた時、島の南部にも貯水池がつくられました。上水道が引かれたいまでは使われていません。
かつては水田耕作も行われていた
天水と流れ井戸以外には、飲料用に適した水はあまりなかったのかといえば、そうでもないようです。集落の西のはずれからさらに海岸を西へ行くと、シンズ浜があります。この浜の横にある岩の間から、かなり大量の水が流れていたということです。ここを集落の人はミズメ様と呼び、正月などには注連縄も飾られていました。ただ、足場が悪いため、水の入った桶を担いで歩くのが困難で、日照りが続いて集落内の水源の水が不足したようなときなどに利用していました。
集落があるのは、冬は寒い島の北側です。水も決して豊富ではありません。ところが、島の南側は集落のある地域に比べると水が豊富です。島の簡易水道の水源の一つは南側につくられています。しかも、この水源池のある辺りでは、大正時代まで米が作られていました。水田耕作が可能な程度には水があったのです。
かつて神島の集落は現在の位置ではなく、水が豊かな島の南にあったのです。日当たりもよく暮らしには快適です。しかし、南は太平洋に向かって開けています。台風に襲われると大きな被害を受けてしまいます。
いまから800年程前、神島が大風に襲われ、甚大な被害がでました。そこで、水は乏しいけれど台風の被害を受けにくい島の北側へ集落を挙げて引っ越したのです。
集落の近くではみられなかった畑が、島の南にはありました。畑のある場所は、集落の辺りに比べて水が豊富なため、かつては集落があったということですが、台風などの被害が大きく、800年前に現在の場所へ集落を移動させたということです。
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