「君がため 春の野に出でて若菜つむ わが衣手に雪は降りつつ」(光孝天皇)。百人一首にでてくる万葉集の一首です。万葉集は、舒明天皇(630年頃)から淳仁天皇時代(759年)までの歌をまとめた日本最古の歌集として知られています。万葉集に詠まれている植物は170種あり、その中に菜としてカブ、フユアオイ、ノビルなど27種がでてきます。つまり菜とは食用にした植物のことを指しています。
この他に、万葉集の時代に食べられていたと思われる植物を出土した木簡などから推測すると、ギシギシやイタドリ、フキ、アザミ、チシャ、ニガナ、カラシナ、ワサビ、ナズナ、ゴギョウ、ハコベなどもあります。万葉集に出てくる食材のうち、カブ、ダイコン、ウリ、サトイモなどを除けば、ほとんどが野山で採取できるものばかりです。
ところが、現代人が一般的に食べている食材はこの時代とは反対に、野山で採取できるものとしてはワサビ、セリ、フキなどごくわずかしかありません。しかし現代の食材の方が、種類ははるかに豊富です。とくに、ナス科の植物などは、万葉集にはでてきません。ただ、万葉集に菜として歌われていても、現代ではむしろ野草として扱われたり、あまり食べられていないものもあります。そうした点から考えると、昔の食材の種類はそれほど少なかったとはいえないのかもしれません。また、万葉集の時代に食べられていたもので現在、栽培されているものとしては、ダイコン、カブ、ニンニク、ニラ、ワサビ、フキ、カラシナ、ショウガ、ミョウガ、サトイモ、ヤマノイモ、ハスなどがあります。 |
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万葉集にはいろいろな山菜・野草が歌われています。
山上億良の「瓜食めば 子ども思ほゆ 栗食めば まして偲はゆ‥」などは有名ですが、この他にも「醤酢に 蒜搗き合てて鯛願う 吾にな見えそ水葱の羹」「春日野に 煙立つ見ゆ乙女らし 春野のうはぎつみて煮らしも」などの歌があります。蒜はニンニクやノビルなどのことで、うはぎはヨメナです。
また、百人一首にも出てくる「君がため 春の野に出でて若菜つむ わが衣手に雪は降りつつ」(光孝天皇)―写真左―はよく知られています。若菜は春の七草のいずれかのことでしょうか。
さらに百人一首には「かくとだに えはやいぶきのさしも草 さしも知らじな 燃ゆる思いを」(藤原実方朝臣)―写真右―といった歌もあります。さしも草とはヨモギのことで、伊吹(滋賀県)のものは昔から薬草としても広く知られていました。 |
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