水の話
 
日本人が食べてきたもの
春の訪れが遅い地方では、雪が溶けた場所に次々とフキノトウが顔をだしてきます。続いて、様々な山菜のおいしい季節となります。ところが、スーパーマーケットの青果売り場に並ぶ、野菜や果物と山菜とは、あまり共通したものが見られません。実は、私たちが日頃から食べている野菜や果物の原産地は、ほとんどが外国です。では、日本にはもともと、どのような「野菜」があったのでしょうか。それとも「山菜」の祖先が「野菜」だったのでしょうか。

日本列島で食べられる植物
 現在、日本で食べられている野菜は100種類以上はあるといわれています。ところが、日本が原産地だと考えられる野菜はフキ、ミツバ、セリ、ワラビ、ウド、ヤマノイモ、サンショウ、ジュンサイ、ヨメナ、アザミ、ギシギシなど10種類前後しかないといわれています。しかもサンショウは野菜というよりはむしろ香辛料です。ヨメナ、アザミ、ギシギシは雑草として扱われています。こう考えると、弥生や縄文時代の人々は現代人が食べている様な栽培野菜はほとんど口にしなかったように思われます。しかし原産地は外国でも、日本列島へ渡ってきたのは何千年、あるいは何万年前のものもたくさんあり、様々な野生の植物が食材として利用されていたはずです。ただし、野菜類は主食ではなく、あくまでも副食です。

人類が最初に始めた栽培作物は穀類で、野菜はそのずっとあとになってから作物として作られるようになったといわれています。青森市で発掘された縄文時代前期(5500~4000年前)の三内丸山遺跡の調査によると縄文人は栗、豆、瓢箪などの栽培を行っていたようです。瓢箪はウリ科の植物でユウガオの変種です。瓢箪は容器として使っていたのかもしれませんが、縄文人もすでに何らかの野菜を栽培していた可能性はあるということです。

では、主食としては何が食べられていたのでしょうか。時代は少し下りますが、五穀という言葉が記録に出てきます。五穀とは古事記によると稲、粟、麦、小豆、大豆となっていますが、日本書紀では稲、粟、麦、豆、稗となっています。これが鎌倉時代になると稲、大麦、小麦、大豆、小豆へと変化しています。稲、麦、豆の収穫が上がるにつれ、稗や粟が五穀の地位からはずされていったのでしょう。

万葉の人々と野の菜
「君がため 春の野に出でて若菜つむ わが衣手に雪は降りつつ」(光孝天皇)。百人一首にでてくる万葉集の一首です。万葉集は、舒明天皇(630年頃)から淳仁天皇時代(759年)までの歌をまとめた日本最古の歌集として知られています。万葉集に詠まれている植物は170種あり、その中に菜としてカブ、フユアオイ、ノビルなど27種がでてきます。つまり菜とは食用にした植物のことを指しています。

この他に、万葉集の時代に食べられていたと思われる植物を出土した木簡などから推測すると、ギシギシやイタドリ、フキ、アザミ、チシャ、ニガナ、カラシナ、ワサビ、ナズナ、ゴギョウ、ハコベなどもあります。万葉集に出てくる食材のうち、カブ、ダイコン、ウリ、サトイモなどを除けば、ほとんどが野山で採取できるものばかりです。

ところが、現代人が一般的に食べている食材はこの時代とは反対に、野山で採取できるものとしてはワサビ、セリ、フキなどごくわずかしかありません。しかし現代の食材の方が、種類ははるかに豊富です。とくに、ナス科の植物などは、万葉集にはでてきません。ただ、万葉集に菜として歌われていても、現代ではむしろ野草として扱われたり、あまり食べられていないものもあります。そうした点から考えると、昔の食材の種類はそれほど少なかったとはいえないのかもしれません。また、万葉集の時代に食べられていたもので現在、栽培されているものとしては、ダイコン、カブ、ニンニク、ニラ、ワサビ、フキ、カラシナ、ショウガ、ミョウガ、サトイモ、ヤマノイモ、ハスなどがあります。
百人一首
万葉集にはいろいろな山菜・野草が歌われています。
山上億良の「瓜食めば 子ども思ほゆ 栗食めば まして偲はゆ‥」などは有名ですが、この他にも「醤酢に 蒜搗き合てて鯛願う 吾にな見えそ水葱の羹」「春日野に 煙立つ見ゆ乙女らし 春野のうはぎつみて煮らしも」などの歌があります。蒜はニンニクやノビルなどのことで、うはぎはヨメナです。
また、百人一首にも出てくる「君がため 春の野に出でて若菜つむ わが衣手に雪は降りつつ」(光孝天皇)―写真左―はよく知られています。若菜は春の七草のいずれかのことでしょうか。
さらに百人一首には「かくとだに えはやいぶきのさしも草 さしも知らじな 燃ゆる思いを」(藤原実方朝臣)―写真右―といった歌もあります。さしも草とはヨモギのことで、伊吹(滋賀県)のものは昔から薬草としても広く知られていました。

 ところで野菜という言葉はもともと現在と同じように使われていたわけではありません。菜には海菜、水菜、園菜、野菜などがあり、園菜が畑などで栽培して作られる菜で、野菜は山野で自生している野生の菜のことだったのです。
万葉集に食材としてでてくる植物
アブラナ科:カブ、ダイコン ウリ科:ウリ(マクワウリ)
キク科:ヨメナ、ヨモギ スミレ科:スミレ
スベリヒユ科:スベリヒユ セリ科:セリ
タデ科:タデ(藍タデ、ムラサキタデ) マメ科:クズ
ユリ科:ノビル、ニラ、ニンニク、ユリ、カタクリ
この他にワラビ、ショウガ、ミョウガ、ヤマノイモ、サトイモ、ヒシ、ハス、クロクワイ、アオイ(フユア オイ)、ジュンサイなどが歌われています。


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