愛知県の東部にある葦毛湿原の標高は60~70メートルで温暖な気候帯に位置しています。ところが北海道や東北といった寒冷地でしか見られない植物がここには生育しています。例えば高山植物の一つにコバイケイソウがありますが、その仲間であるミカワバイケイソウがこの地域に自生しています。かつて地球が氷河期になったとき、高山性の植物が南下してきました。その後地球が温暖化したとき、コバイケイソウなどいくつかの植物が取り残されて独自に分化したのです。ヤチヤナギという低木も北海道や東北などの湿地では普通に見られますが、それ以外の地域では東海地方の湿地に限られています。シデコブシの自生地も、東海地方に限られています。
一方、食虫植物のモウセンゴケはもともと南方の植物ですが、この地域ではトウカイコモウセンゴケという固有種があります。これは日本が大陸と陸続きで大陸的な環境が広がっていた時代に進出し、そのとき湿地の多い東海地方に残されて分化したと考えられています。水生昆虫のヒメタイコウチも東海地方以外では兵庫県など一部の地域で見つかっているだけですが、これも同様に大陸から進出し湿地の多い東海地方に残ったと考えられています。さらに長野県では乾燥した山間部にいるヒメヒカゲやヒメシジミというチョウが、東海地方に限って湿地にすんでいます。これらのチョウはもともと大陸の草原にすんでいました。日本が大陸と陸続きで草原が広がっていたと考えられる時代に日本へ渡ってきて、その後日本に森林が形成されていく過程ですみかを狭められ、草原と似た環境の山間部をすみかとしましたが、東海地方では湿地を草原の代わりとして生き延びてきたと考えられています。
貴重な動植物の宝庫となってきた湿地は都市近郊の丘陵地帯にあることが多く、住宅開発などで消滅したり、開発の影響をうけて地下水脈が寸断されるなどして乾燥化も進んでいます。 |
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葦毛湿原では地表面のすぐ下に不透水層があるためか、緩やかな傾斜の一部が崩れたところから水が湧き出しています。 |
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