フジクリーン工業株式会社
水の話 淡水にすむ魚part1
琵琶湖のエリ漁

素手でフナを取っていた子供時代
 西井さんは、琵琶湖に面した町で生まれましたが、家が漁師をしていたわけではありません。それでも魚とりは大好きでした。家の近くには、湖に面して立派な松並木が残っています。時代劇のロケもよく行われ、美空ひばりさんを見たこともありました。

 中学生の頃です。湖へ注ぐ小さな川の下流で、魚とりをしていたときです。気がつくと土手のところに50人ほどの人が集まり、西井さんの動きを見ていました。というのも、素手でフナをつかまえては、土手にいる妹の方へひょい、ひょいと投げていたからです。見物人は、映画のロケ隊でした。その中に、藤田まこと氏の姿もありました。「どうやって魚をつかまえているんだ?」。藤田まこと氏が西井さんに声を掛けてきました。「私にとっては、湖から川へ入ってきたばかりのフナを素手でとるなんて、ごく当たり前のことでした。ですから、ここをこうやれば、簡単につかまえれる、と説明するんです。でも、いくら説明しても、最後まで納得できない、という顔をしていましたよ」。西井さんの顔が、遠い昔をなつかしむようにほころびました。

 魚をとって、琵琶湖と一緒に暮らすのが一番いい、そう考えて、エリの漁業権を取って漁師となったのは、22歳の頃でした。

消えていく魚たちの声
 魚が好き、琵琶湖が好き。そうして30年近くたちました。この間、町の人たちの暮らしも、琵琶湖も大きく変わってきました。「漁をやってきて、一番大きく変わったのは、何といっても魚の種類だね。ワカサギやブラックバスが増えたこともその一つ。ヌマチチブが、爆発的に増えた時期もありました。逆にとんと見かけなくなった魚もたくさんいます」。アブラヒガイ、マブナ、ニゴロブナ、ヨシノボリ、マナマズ、タモロコ、ドジョウ……、仲間の4人も、いろいろな魚を、次々にあげました。とくに激減しているのが、ボテジャコと呼ばれているタナゴ類です。

 水ももっときれいでした。地元の酒屋も、わざわざ湖の水を汲んできて酒を造っていたそうです。田畑の土地改良によって、豊富にあった湧き水も減ったそうです。エリ漁でとったアユの仔魚は養殖業者に引きとられ、しばらくの間を池で過ごします。年間を通して約18℃とアユの養殖に最適だった池の水温も、低くなってしまいました。

鏡のような水面に立てられたエリ。

 川の上流で工事が行われると、わずかに濁った水が湖ヘ入り込み、川の沖合に張ったエリへ魚が入らなくなることもあるそうです。「アユが遡上している川へ人が入り込み、ちょっと砂をまきあげただけでも、ピタッとアユの遡上は止まるんです」。自然界のバランスはあまりにも微妙です。人が安易に手を加えることは、自然にとって危険なことなのです。ブラックバスの放流も、他の魚たちに大きな打撃を与えているようです。「湖上からの眺めは、昔と大きく変わっていないかもしれません。でも、湖の中では大きな変化が起きているのです」。湖にすむ魚たちの声なき声。西井さんたちには、その声が聞こえているのです。


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